vol.688 崖っぷちの学び
2025-11-27
・クロハバキさんからのお便り②
・頂上写真の訂正
・剱岳の危険さ
・山登りの危険なエピソード
・一本歯の高下駄のメカニズム
本日の動画の内容
1.35部品が迎える更新の季節
35部品BBSは静かな期間を越え、年末から再び情報が動き出す。
保持者への特別な流れがゆっくりと戻ってくる
2.エベレスト登頂写真の真実
ヒラリーとノルゲイの写真の誤認が、資料を読む視点の大切さを思い出させる
事実は細部で形を変える
3.剱岳が示す「行くべき境界」
過酷すぎる剱岳の山道は、行者たちの異質な歩法と高下駄の合理性を浮かび上がらせる
挑むべき人と、避けるべき人が分かれる場所でもある
2025年7月17日
クロハバキさんからのお便り
(今回の動画の範囲)
『以前、お話しした虚空蔵東京本エベレストの感想の続きです。
最初に1924年にエベレスト登山中に死亡したジョージ・マロリーです。
「宇宙全史による解明」によると第2ステップに到達していた時点で酸素ボンベがなかったそうですが
後に登頂に成功したヒラリーとノルゲイがキャンプに戻る時まで酸素ボンベの残量を調整していたことを考えると
この時点でマロリーとパートナーのアーヴィンが生きて帰ることは不可能だったと思います。
マロリーが死ぬ覚悟で、登山経験が浅いアーヴィンを巻き添えにしても構わないと考えて
アーヴィンをパートナーに選択したと考えるとちょっと怖くなりました。
本来のマロリーはエベレスト62ページにある通り、1922年のサミット・アタックでは
先に進むよりもペースが遅れた仲間に合わせる仲間思いのいい人だと思うのですが
そのマロリーを変えたのがエベレスト115ページにある
「祖国の威信をかけた登山家としての自分(作られたエゴ)」だと思いました。
次に結核を断食と祈りで治したあと信仰心から1934年に一人でエベレスト登山に挑戦して死亡したモーリス・ウィルソンです。
最初に日本語で書かれた石一郎 著:標高八八四〇メートルを読みました。
本は面白かったのですが内容の大半は創作だったので次に虚空蔵東京本エベレストで紹介されている
デニス・ロバーツ 著:I'll Climb Mount Everest Aloneと
エド・シーザー 著:The Moth and the MountainをAI翻訳を使いながら読みました。
著者ごとにウィルソンの人物像が異なるのでとりあえず本に書かれている彼の登山日誌から人物像を考察すると
彼の揺るぎない信仰心は素晴らしいです。しかし自分の失敗を認めず他責思考なところがあります。
例えばアタックの失敗を天気のせいにする、または前年の登山隊のせいにするなどです。
彼はアタックが失敗した後はなりふりかまわず、一人では無理だと悟ってシェルパに同行を要請し
粗食がダメだとわかると以前の登山隊が残した食料をたくさん食べてまで登山を続行します。
最後はシェルパに同行を拒否されてそれでも一人で登山を続ける姿は
虚空蔵東京本エベレストに書かれている「魔性の山」「ローレライみたい・危ないけど行ってしまう」の通り
エベレストに取り憑かれてしまった姿だと感じました。
1953年にエベレスト初登頂したヒラリーとノルゲイです。
エベレスト初登頂時の記録フィルムと再現ドラマで構成した映画「ビヨンド・ザ・エッジ」を観ました。
この映画で気づいたのですが虚空蔵東京本エベレスト116ページにある山頂で旗を持っている人物はヒラリーではなくノルゲイでした。
この映画で私にとって一番インパクトがあったのはヒラリー自身が生い立ちを語っているシーンの
「よく親父に刃向かったよ」「結局 納屋に連れていかれて殴られたものだ」
「決して謝らなかったことを誇りに思っている」「自分が悪い時もね」
というセリフです。親に潰されず自分の信念を曲げない姿に感心しました。
またヒラリーの自伝でもエベレスト登頂後、彼の発言は注目され、色々物議を醸しますが
「ときにはどっちつかずの友好を保とうとするよりは、はっきりと意見を述べて批判に耐える方がよいと思うこともある」と
語っています。実際、彼は富士山登山後、ゴミの多さに苦言を呈していました。
彼の自分本来のエゴの強さが作られたエゴを寄せ付けなかったのだと思います。
だからと言ってわがままではなくエベレスト登頂の時はルート開拓を積極的に行っていますし
サミット・アタックの時はノルゲイの不調に気がついて酸素マスクの不備を取り除く気遣いもあります。
またエベレスト・ビュー・ホテル建設も当初は反対していましたが会社との話し合いで意見を変えたそうで
思考の柔軟性もあり「洗練されたエゴ」とは彼のような人のことだと思いました。
ノルゲイも登頂後に色々な誘惑があったことが彼の自伝に書かれていましたが
遠征隊隊長のジョン・ハントや初代インド首相のネルーの助言に素直に従い誘惑を回避していました。
彼の両親はチベット人ですが若い時にネパールやインドで暮らしていたため国家の縛りが緩かったでしょうし
また信仰心からの恩寵があったのだと思います。
虚空蔵東京本エベレスト118ページにある
「前回の「武蔵」の時は、世界(或いは人類)が武蔵を選んでいました。
今回空行母神がこの2人を選択した理由を、皆さんはよくよくお考えになって下さい。
それは単純に2人が民族や社会のために尽力したという事ではなく「エゴ」という観点から観賞すると、
見えて来るものがあるかもしれません。」の回答です。
「20年後世界人口は半分になる」24ページに「自分の思い・価値観がないと引きずられてしまう」
「これからの地球で生きていくには、自分の思いというものがないと生きていけないようになっています。
他人の価値観ではなく、自分がどうしたいのか、何が好きなのか、どう生きたいのかというのをしっかりと
持っていないと、他人の価値観で染められている人というのはその存在が薄くなってしまうのです。」とあります。
エベレストも「自分の思い」をしっかり持っていないと山の持つ欲望や魔力に取り憑かれます。
20年後の世界に残るためのエゴがどのようなものかを明示するためにエベレスト初登頂があったのではと思います。
「20年後…」の78ページに「「世界の反転」は、ほぼ100年前から徐々に準備されていたようでした。」とありますが
エベレスト登山が具体的に計画されたエベレスト委員会が設置されたのは1920年の約100年前だったのは
偶然ではないと思います。
最後に剱岳を登った行者の話ですがいい話だなと思い剱岳を登ってみたいと思いましたが
YouTubeの登山動画を見るとあまりにも過酷なのですぐに諦めました。
行者は高下駄をなんば歩きで歩いていたそうですが
いつか御祭舟動画やアニメでなんば歩きやなんば走りのフォームを解説していただければ幸いです。』
はい、えー、前回はですね、
古川君と目風の朝、朝のプライベートな貴重な時間のお話しをしましたけども
そうですね
今日はクロハバキさんの7月17日に来たクロハバキさんの、
あ、クロハバキさんはあれですね、35部品保持者ですね
35部品の方も今はね、あの、御祭舟のBBS、35部品のBBS、あまり更新してませんけども、
12月過ぎからはですね、もう頻繁に更新される、で新しい情報が入ってきます
35部品の方専用のね
お楽しみにしててください
で、えっとエベレストの話しですね、これ。35部品の虚空蔵東京本に入ってたエベレストの話しで
あれね、あの、マロリーじゃなくてヒラリーですね。最初にエベレストに公に登ったとされてるヒラリーさん
(※虚空蔵東京本第3冊エベレストでは旗を持っているのをヒラリーと表記してしまっていました)
ヒラリーさんが、こう、旗、頂上で旗を立ててるっていうあの写真
あれはノルゲイだっけ?ノルゲイの写真だってことが
えっと、なんか薄々古川君もね、あの、言いわけじゃないけど気づいてたんだけども、まあ、いっかみたいな感じでやっちゃったらしいんですよね
で、それを、えっと、クロハバキさんから指摘されました、あれ、違うんじゃないのって感じでね
あ、確かにその通りですね
https://scrapbox.io/files/692d720cb9f5c873e0e2aceb.png
あれは、えっと、ノルゲイがカメラが操作できないんですね、デジタルの
(※当時はデジタルではなくフィルムカメラでした)
それで。あ、それはあの、かわかつ君に調べてもらったんだけども
だから、ヒラリーの写真は撮れないんですよ
だけど、ノルゲイの写真はヒラリーが撮ってくれたんですよね
だからノルゲイの写真しかないの
ま、ヒラリーっていい人なんですよ、本当に、気のいい人で。素晴らしい人ですよね、本当に
で、俺知らなかったのあの、ヒラリーってのは富士山登ったんだね
あ、その後ね。え、後年。富士山に登ってゴミの多さに苦言を呈していたと
まあ、いいこと言うよね、ヒラリーさんは
で、最後にですね、あの.....剱岳に登った行者の話が、クロハバキさん好きみたいで、剱岳行ってみたいと思われたらしいんですけども。
剱岳登山のYouTubeっていっぱい出てるんですよ
で、あまりの過酷さつうか、この危険…危険だよね、あれね、私が見ても危険だから。やめたらしい、やめて正解。
やめた方がいいですよ、本当に
あの、バカだよね、はっきり言って、あの山登りするやつってのは
古川君山は延々回ったっすよ、いろんなとこ。だけども、高所には行ってないよね、
危ないこともしたよ、確かに。
もうこれぐらいの幅。何cmかな?30cmないよね。30cm弱のところを。
崖だよね、下は崖。落ちたら死ぬよ。
そこも行ったからね、古川君は。
それも、それはでも、あの、なんつうの?それはやむなく行かされたか、行ったんだよね。
その話しはどっかで書いといたかもしれんけどね
ま、それはそれ、それはもうその1回きりかな、危なかったのは
ま、細かい危ないのはあったけども、守られていたからだよね
そうじゃなかったら死んでたね、やっぱその時もね
ああ、死んでたって言われてるやっぱり
そりゃそうだよ、何の装備もないんだよ?
洗濯ロープ、洗濯物のこの干すロープあるじゃないですか、ロープっていうかあの紐、あれ持っていったからね。あれで体支えてたんだから。
よく生きていられるよね本当に
ま、ほとんど使わなかったけどね。でも使ったよね
切れなかった、切れなかったけどね
で、えー、その剱岳を登った行者ですね、
「高下駄をなんば歩き」
なんば歩きだったかどうかは知りません。でも高下駄で登ったってのは本当なんですよ
で、高下駄ってのは、その坂道とかを登ったり降りたりする時に足を水平に保つことができるんですね
多分画像で出ると思うから見てください
https://scrapbox.io/files/67f66d200c32110b4319f809.png
https://scrapbox.io/files/67f66d2beb7886cdf3778dc6.png
すごい非常に合理的なシステムです、あの高下駄っていうのはね
で、えー、一本歯の高下駄ね、それはね
で「御祭舟動画やアニメでなんば歩きやなんば走りのフォームを解説していただければ
幸いです」とありますね
じゃ、今まで1回やったよね、これね、やったんですよ
多分、あの、クロハバキさんが見ておられなかったかもしれないんで、
次回またちょっと、あの、簡単ですけどもご説明します
あとがき
歴史の細部には、しばしば私たちの思い込みが入り込みます。
ヒラリーとノルゲイの写真のように、"当たり前”だと思っていたものが別の角度から見え直す瞬間があります。
剱岳の話にあるように、危険な道は誰にでも開かれているわけではなく、そこに踏み込む人と踏みとどまる人が自然に分かれていく。
その境界は恐れではなく、自分の歩幅を知るための目印のようなものです。
細部を確かめ、境界を見極める。
それだけで、物語も現実も静かに輪郭を取り戻していきます。
vol.689 完全覚醒の限界